大手監査法人(BIG4)のAI監査の見解・事例について解説

大手監査法人(BIG4)のAI監査の見解・事例について解説

AIを活用した監査が注目を集めており、近い将来に監査に大きな変化が訪れると予想されています。企業のDX化が進む中、多くの監査法人がAIを活用した監査手法の導入を検討しています。
監査現場ではリモートワーク化やデジタルツールを用いた監査手続の効率化が進んでいますが、AIを活用した事例はまだ少ないのが現状です。実際にAI監査を導入する際に知りたいのは導入事例でしょう。
そこで今回は、大手監査法人(BIG4)のAI監査についての見解や事例を紹介します。また、最後には「AI監査の今後の展望」についても解説していますので、AI導入を検討されている方々は、ぜひ参考にしてください。

EY新日本有限責任監査法人の見解

EY新日本有限責任監査法人は、デジタルトランスフォーメーション(以下、DX)の推進により、世界のビジネスが大きく変わると考えています。特に最近は生成AIが注目を集めており、テクノロジーと人の割合が次のステージに進化する段階にあると言っています。その中で予想されるのが「企業のDXブレイクスルー」です。EY新日本有限責任監査法人では、企業のDXとリアルタイム監査の結びつきに焦点を当て、テクノロジーを駆使した監査の新たな可能性に注目しています。

特に注目しているのがリアルタイム監査です。日本では、経営の意思決定や財務分析のDXが世界と比べて遅れており、財務・経営部門で推進できる人材が少ない傾向にあります。

そうした状況において、企業の財務・経理部門におけるDXとして、リアルタイム監査を通じたサプライズのない監査や、監査対応の効率化を挙げています。リアルタイム監査の導入によって、データの全件照合や異常検知を自動で行えるようになれば、不正や間違いを即座に修正可能です。また、DXにより改正電子帳簿保存法やデジタルインボイス制度にも対応できます。このように、リアルタイム監査は監査意見をリアルタイムに提供することではなく、リスクや重要事項の適時発見を通じてクライアントに監査の付加価値を提供することを目指しています。

一方で、難しいのは会計・開示システムとのデータ連携です。導入時にはデータ形式の変更などが必要となりますが、EY新日本有限責任監査法人では各ベンダーと連携し、開示・会計システムのサーバーと監査法人のサーバーとAPIで繋ぐことでデータ連携を自動化しています。これにより、データドリブン監査やデータドリブン経営への移行を可能にできるでしょう。

変革のポイント

これらのツールを使いこなすためには、利用者自身も変化していく必要があります。例えば、かつて字を書くツールが鉛筆からパソコンに変わったように、今回のAI監査ツール導入により、人間の役割も変容する必要があるのです。企業はデジタル時代における人間の役割の再定義について議論し、人の価値を高めるための戦略や施策を見直し、適応していくことが求められています。具体的な変革のポイントとしては、以下が挙げられます。

  • 人材戦略の再構築
  • マインドセットと行動の醸成
  • リテラシーの向上
  • 役割の整備
  • 専門性の強化・拡大
  • 制度や環境整備

デジタル人材の育成は、デジタル化に対応できるようにするだけでなく、データドリブン経営や監査における人材育成の重要なポイントです。データドリブン経営と監査DXの「共創」が、組織内でのデジタル人材とテクノロジー人材の活躍と定着に不可欠であるため、デジタルリテラシーを持つ監査プロフェッショナルの育成と、テクノロジー専門家との連携が鍵となります。

EY新日本有限責任監査法人の事例

それでは、実際にEY新日本有限責任監査法人が提供している主要なAI監査ツールについて見てみましょう。以下がその一部です。

  • WebDolphin/TBAD
    AIを利用した財務分析ツール。過去10年以上の上場企業の財務データを分析し、不正会計の予測モデルを用いてリスクを検知します。同業他社比較や、不正の兆候の把握に活用できます。
  • General Ledger Anomaly Detector(GLAD)
    会計仕訳データから異常を検知するツール。機械学習を用いて取引パターンを識別し、そのパターンから逸脱する仕訳を特定します。
  • Sales Ledger Anomaly Detector(SLAD)
    卸売業や情報関連サービス業を中心に、補助元帳のデータを分析して、循環取引などのリスクを検知します。
  • Project Progress Anomaly Detector(PPAD)
    建設セクター向けに進捗度の異常を検知するツール。機械学習を活用して進捗率を予測し、リスクのあるプロジェクトを特定します。
  • eXplainabe AI
    建設セクター向けに工事契約の特徴量が推定値の算出にどの程度影響しているかを把握するツール。監査人が重要と判断した特徴量が類似する他の工事契約を提示し、高いリスクを持つ契約を識別します。
  • Branch Anomaly Detector(BranchAD)
    小売・外食セクター向けに各拠点の損益データを分析し、不自然な損益や減損リスクの高い店舗を識別します。
  • TBAD for FSO
    金融業向けの自己査定異常検知ツール。金融業界向けに貸出先の与信情報や財務情報を分析し、リスク対象となる貸出先を識別します。

これらのツールは、デジタル監査の新たな潮流として、全量データを活用したリアルタイムなリスク識別や効率的かつ効果的な分析を実現します。AI技術とデータ分析を組み合わせた取り組みは、監査業務における新しい手法として注目されています。

PwC Japan有限責任監査法人の見解

PwC Japanが発行した「監査の変革 2024年版」では、AI(人工知能)が会計監査をどのように変えるかについて深掘りしています。その中で、AIの監査への適用可能性と、被監査会社および監査人にもたらす影響が重要な項目として取り上げられています。

近年、業務効率化とリモートワークのメリットを活かしたハイブリッドなビジネスモデルの普及により、デジタル化のニーズが増加しています。
特に、生成AI技術の普及によって、AIを利用したビジネスはさらに発展していくでしょう。監査業務においても、リモートワークへの対応やデジタルツールを用いた効率化が進んでいます。一方で、AIの具体的な利用例がまだ少ないのも現状です。企業環境の変化や会計・監査基準の改正に適応する必要があり、監査現場の業務負荷は依然として高いままとなっています。

AI導入のプロセス

PwC Japan有限責任監査法人では、AI導入のためのプロセスとして、以下の3つのステップを挙げています。

  • 業務プロセスおよびデータの標準化
  • 監査手続のデジタル化
  • AIの導入

中でもデータの標準化は、生成AIが補助的役割を果たす可能性があります。自然言語処理技術を活用すれば、フォーマットが統一されていない資料や解像度の低いデータの読み取りが可能になるためです。表記ゆれの検出によって標準化作業をサポートできると期待されています。データ整理で悩まされていた方にとって、非常にメリットが大きいと言えるでしょう。

また、AI化による監査手続の将来像も示しています。AIが企業内外の情報を収集・データベース化し、リスク評価や分析的手続に活用すれば、監査の品質向上と時間削減に期待できます。プロセスマイニングや生成AIによって、業務プロセスの可視化や内部統制の不備検出率の向上も見込まれています。

このように、AIの進展は監査業務に革新をもたらし、効率性と品質の向上を促進する可能性を秘めているのです。監査手続の自動化とデジタル化は、監査人の作業負担を軽減し、よりリスクの高い領域への注力を可能にするでしょう。

有限責任あずさ監査法人(KPMG)の見解

有限責任あずさ監査法人は、生成AIの急速な社会普及を背景に、生成AIを活用した監査向けソリューション「AZSA Isaac(あずさアイザック)」を開発し、2023年8月からあずさ監査法人内での使用を開始しました。

まず第一弾として、会計・監査分野における専門用語の理解や適切な回答提供を可能にするチャットボット機能から始まり、ニュース分析や仕訳分析など、会計士の業務支援を目的とした複数の機能を順次展開する予定です。特に重要なのは、あずさ監査法人のセキュアな内部環境でのみ利用される点で、情報漏洩のリスクを最小限に抑えている点になります。

有限責任あずさ監査法人(KPMG)の研究

あずさ監査法人では、AIの監査への効果的な活用に向けた継続的な研究と実践を進めています。例えば、以下のようなモデルが挙げられます。

  • 財務諸表レベルの不正リスク検知
  • 仕訳・取引レベルでの誤謬・不正リスク検知
  • 証憑改ざん検知
  • ナレッジの蓄積と共有および効率的な検索
  • 財務諸表を含む開示書類の検証手続の自動化

こうした多岐にわたるAIベースのモデルを開発し、監査品質の向上と効率化を図っています。例えば、不正リスク検知モデルでは、5,000件を超える上場企業の財務諸表データを用いて不正行為のリスクを数値化し、その結果を基に監査手続に必要な対応を導き出しています。AIを活用したツールは、客観的なデータに基づいた不正リスクの特定を可能にするので、被監査企業に対してタイムリーな情報提供の実現が可能です。

このような先進的な取り組みにより、KPMGジャパンは、監査プロセスのデジタル化とAI技術の統合を進め、監査業務の効率化と品質向上を実現しています。AIによるリスク評価の精緻化、不正検知の高度化、監査証拠の信頼性確認の効率化など、会計士の判断を支援し、監査の信頼性をさらに高めることに貢献しているのです。

有限責任監査法人トーマツ(Deloitte)の見解

有限責任監査法人トーマツでは、デジタルトランスフォーメーション(DX)とAI技術が会計監査の現場でどのように活用されうるのかについて考えています。トーマツの取り組みはビジネスと業務のDX化に焦点を当てており、内部監査の領域ではいまだに多くの企業でスプレッドシートやメールベースのアナログ管理がなされていると分析しています。

しかし、環境の変化を迅速に捉えて組織にさらなる価値を提供するには、アナリティクスやRPA、AIなどのデジタル技術の活用が不可欠です。組織にとってリスクが増加する要因ではありますが、リスク低減要因にもなりえます。特に、従来の内部監査があまり対象としてこなかった以下の領域が重要性を増していることからも、デジタル技術の活用は急務と言えます。

  • 戦略
  • 外部連携
  • サイバーセキュリティ
  • 人材
  • 企業文化

現状の内部監査プロセスは手作業の要素が強く、多くの人的資源や作業時間が必要です。そうした状況を打開するためには、内部監査のほとんど全てのプロセスにおいて効率性と有効性が大幅に向上できるDXが有効になります。

今後、DXが当たり前になる時代となるからこそ、トーマツはDX推進プロジェクトを数多く支援し、内部監査のDX化に向けたグローバルな知見と経験を活かしています。そのため、AI時代で会計士に求められるのは「本質を見抜く」力だと結論しています。

トーマツでは、デジタル技術、特にAIの進化が会計士の仕事にどのような影響を与えるかが議論されています。DXやAIの進展によって、会計士が持つべきスキルや知識に変化が求められると指摘しています。

テクノロジーを活用して業務の標準化や、効率化を進めることが重要です。これにより監査品質の高度化や、付加価値の向上に繋がります。また、AIの進化によって新しい領域が切り開かれ、会計士には「本質を見抜く力」がより強く求められるようになるとの見解が示されています。

AIの活用方法

AIは先進事例でもあるため、10年先や20年先に現在の先進事例がどうなっているのかは わかりません。一方で、AIの高度な活用方法として、以下が既に出てきています。

  • AIによる知識の掘り下げ
  • AIを使った組織変革
  • AIによる専門的な領域の技術の普及
  • AIとWeb3やメタバースとの融合

監査領域では、数百ページある契約書の確認作業の効率化と品質向上や、子会社のデータを統合し不正を検知を行うシステムが導入されています。

今後、よりタイムリーな不正検知や非財務情報に関する開示や保証、技術に対するガナバンス整備など、社会から求められる範囲はますます広がっていくとの予想しています。これらの取り組みと対談から、デジタル化が進む中で内部監査や会計士の役割がどのように変化していくのか、そして その変化にどのように対応していくべきかが示唆されています。今後、テクノロジーを使って「何を実現するのか」が重視されるようになるでしょう。

デジタル技術の活用は、単に業務の効率化を図るだけでなく、組織や社会に対して新たな価値を提供し、将来のリスクやチャンスを予測するための重要な手段となっています。

今後の展望

それぞれの監査法人が持っているAIについての見解や事例を見たうえで、今後どのような展望を抱けるのか、以下にわけて見ていきましょう。

  • 技術の進化と影響
  • 監査法人の今後の戦略

技術の進化と影響

大手監査法人(BIG4)のAI監査の見解・事例について解説

AIの進化により、業務の効率化やコスト削減が可能となります。そのため、人からAIに業務が置き換わる流れは不可避のものと考えられます。監査業界においてもAI技術との親和性によっては、簡単に人がAIへ入れ替わる可能性があります。

例えば、様々な企業が口を揃えて指摘している以下の業務はその最たるものです。

  • 証憑突合
  • 仕訳テスト
  • 残高確認
  • 有価証券報告書の最終チェック
  • 不正検知

他にも様々なものがあります。こうした一定のルールがある定型業務はAIが得意とするため、AIに置き換わる可能性があります。

監査法人の今後の戦略

大手監査法人(BIG4)のAI監査の見解・事例について解説

AIによる業務の置き換えは万能ではありません。監査法人には、監査以外にも以下のような幅広い仕事があるうえ、監査業務も決してAIのみでは実施できません。

  • 財務コンサルティング
  • M&Aアドバイザリー
  • 企業再生アドバイザリー
  • ガバナンス支援

AIは予め決められた枠組みにもとづいた処理しか行えず、また完璧ではないため、人間の判断や対応が必要な場面も多くあります。ミスがないかどうかの最終判断や対応は人間である監査人がしなければなりません。
今後、AIの普及は避けられないものの、AIは人間に代わる完全な存在ではありません。AIを活用して定型業務を自動化し、効率化する一方で、人間の特性を活かした高度な業務や顧客ニーズへの対応が必要です。

AIはビジネスを補完し、より価値の高いサービスを提供するツールとして活用されることが期待されます。