ITガバナンスとは-目的、注目の背景、構成要素について

ITガバナンスとは-前編:目的、注目の背景、構成要素について

インターネットの普及によりIT化が急速に進んでいます。ITは業務をおこなう上で欠かせないものであり、様々な業務を効率化する手助けをしてくれます。その一方で、使い方を間違えると重大な事故に繋がりかねません。そのため、ITの利用には規律や倫理観を兼ね備えられていることが重要です。

今回の記事では、ITガバナンスについて解説します。ITを業務に活かす上で意識すべき点を紹介するので、ぜひ最後までご覧ください。

ITガバナンスとは何か?

ITガバナンスについては、経済産業省で以下のように定義されています。

経営陣がステークホルダーのニーズに基づき、組織の価値を高めるために実践する行動であり、情報システムのあるべき姿を示す情報システム戦略の策定及び実現に必要となる組織能力

経済産業省 – システム管理基準(骨子)

簡潔に言うと、ITガバナンスとは、ITを適切に管理・活用することで、組織がITを利用して経営目標を達成するために必要な方策やプロセス、フレームワーク等を定めたものです。

ITガバナンスの目的

ITガバナンスの目的は主に以下の内容が挙げられます。

1.ビジネス価値の向上

IT投資においてビジネス目標を達成するための最適な方法を確保することを目的としています。組織のビジネス目標に合わせて、ITを適切に管理するための戦略や方針、および手順を策定することがITガバナンスに含まれます。方針や手順を定めて、ビジネスの価値を最大化することで、企業の成長を促すことが可能です。

2.リスクの最小化

企業が直面するリスクを最小限に抑えることを目的としています。この目的を達成するために、リスクを可視化して適切に管理することが重要になります。これにより、情報資産の保護と事業の継続性を確保することができます。

3.コンプライアンスの遵守

法規制や業界ルールなどの要件を遵守するためのプロセス確立を目的としています。コンプライアンスの確保は企業の信頼性向上に繋がります。適切にコンプライアンスを管理運用することで、事業の継続性リスクを最小限に抑えることが可能です。

コンプライアンスについてはこちらの記事で詳しく解説しております。

コンプライアンス違反とは-種類、事例、対応方法について

企業や組織が遵守すべき法律や規制に違反した場合、それを「コンプライアンス違反」と呼びます。コンプライアンス違反は、企業に多大なダメージを与え、最悪の場合、倒産…

4.リソースの効率的な活用

情報資産の効率的な活用を促進することを目的としています。ITガバナンスにより、情報資産を適切に配分してリソースを有効活用することが可能となります。この取り組みにより、コストの削減や生産性の向上を実現し、経営の効率化につなげることができます。

5.プロセスの改善

IT投資やITプロセスの改善を図ることを目的としています。新たなプロセスを確立することで、業務プロセスの効率化や企業競争力の向上を図ることができます。

6.経営戦略の補助

ITの戦略的な活用を支援することができます。ITガバナンスのフレームワークを利用することで、経営者はビジネス目標を達成するためのIT戦略の立案と実行が可能になります。

以上がITガバナンスの目的です。
組織はITガバナンスを導入することで、リスク管理やコンプライアンスの向上、コスト削減、効率的な意思決定プロセスの確立、および競争力の強化を実現することができます。ITガバナンスは組織がITを有効に活用し、ビジネス目標を達成するために不可欠なプロセスです。

ITガバナンス注目の背景

次に、ITガバナンスに関心が集まった背景を解説します。ITガバナンスは以下の理由により注目が集まっています。

1.ITの重要性の増加

ITは現在のビジネスにおいて不可欠な要素となっています。企業はビジネスプロセスの自動化やデータ分析、顧客とのコミュニケーションなどにITを活用することで利益を得ることができます。しかし、ITを活用することによって生じるリスクもあります。
そのため、ITガバナンスはIT活用におけるリスクを最小限に抑えるために必要不可欠なものとなっています。

2.コンプライアンス要件の厳格化

企業は日々の業務をおこなう上で、法律や規制に従わなければなりません。しかし、ITを活用することでセキュリティやプライバシーに関する問題が発生する恐れがあります。そのため、企業はITに関する法規制を遵守するためにITガバナンスの導入が求められています。

3.データの重要性の増加

データの活用はビジネスにおいて非常に重要な要素です。ビジネスの意思決定や戦略策定において、正確な情報を基に判断することが重要です。しかし、データの中には様々な重要情報が保存されており、取り扱いには注意が必要なものもあります。
そのため、ITガバナンスはデータの適切な取り扱いを促進することにも役立っています。

4.ITの複雑性の増加

ITは複雑化しており、専門知識を持つ人材が必要です。しかし、企業においては、ITを担当する人材が限られている場合があります。そのため、ITガバナンスを導入することで、ITの管理や監視を効率的におこなうことができると期待されています。

日本でITガバナンスが注目されるようになった背景には、2000年代に発生した大手銀行のシステムトラブルがあります。当時、その銀行は複数の銀行が合併して設立されたことから、合併前にそれぞれの銀行で使用していたシステムを一本化するシステム統合を目指していました。しかし、結果として開業当日からATMで停止やエラーが発生し、預金者や利用者の混乱を招きました。
この事故は、ITの重要性と同時に適切な管理が必要であることを示しました。このことをきっかけにITガバナンスの重要性が広く浸透することとなりました。

ITガバナンスの構成要素

ITガバナンスは複数の要素によって構成、成り立っています。それぞれの要素ごとに分析をして改善をすることで、組織としてのIT活用力向上を図ることが可能です。

ITガバナンスの構成要素を以下に解説します。

1.戦略の方向性と情報システムの整合性

ITの導入目的と実際に導入したシステムに整合性がなければ、期待した効果を生み出すことができないかもしれません。このためには、組織全体で方向性を定め、情報システムの整合性を確保することが必要です。そして、その情報システムの方向性を企業全体に周知、浸透させることで、IT活用における効果的な仕組みづくりを目指すことが求められます。

2.組織体制

ITシステムを導入するにあたり、組織内での作業分担や役割分担についても見直す必要があります。情報システムを統括するための組織体制を確立し、人材配置の最適化をおこなわなければなりません。業務に合わせて分担を決めることで、システムの有効活用が期待できます。

3.業務の可視化

導入したITシステムを評価するにあたっては、組織内での業務内容を把握し、ITシステムを活用するための手順を明確にする必要があります。業務内容を把握することで、実際にどのようにITシステムを活用するかが見えてきます。さらに、ITシステムの使い方がわからないユーザーに対するサポート体制の整備も必要になります。

4.コスト

ITシステムを導入するにあたっては、多くのコストが発生するため、それらのコストを洗い出す必要があります。また、コストを洗い出すだけでなく、ITの導入に要する投資効果のシミュレーションや評価を適切におこなわなければなりません。

5.運用体系

ITシステムは導入して終わりではなく、ITを導入し、その後適切に運用がなされているかどうかを管理しなければなりません。システムの効率的な動作に必要なフローやトラブル対応方法などを作成し、スムーズに運用するための体制を構築することが必要です。

6.ガイドラインの策定

新たなITシステムを導入して活用する際には、これまでの社内規定や法律の変更点などを確認することが重要です。運用ガイドラインを策定し、どのようなルールを遵守してもらうべきか、、また、ルールを浸透させるためにどのような行動を取るべきかを決める必要があります。

7.リスク管理

セキュリティ対策などのリスク管理をおこなうとともに、内部統制の実施も求められます。システム自体のセキュリティを強化するだけではなく、ユーザーのITに関する知見やリテラシー向上なども重要になります。

8.調達

ITシステムの調達を行う際には、適切な仕様書の作成や調達方法の選定が必要となります。また、その評価も正しくおこなわなければなりません。

ITガバナンスのフレームワーク

ITガバナンスのフレームワークとは、組織内の情報技術を管理し統制するための標準的な方法論や手法のことを指します。このフレームワークは、情報技術を最大限に活用し、ITに関連するリスクを最小限に抑え、IT投資の価値を最大化するための組織的なアプローチ方法が定められています。

ITガバナンスのフレームワークには様々な種類があり、代表的なものとして以下が挙げられます。

1.COBIT

COBITとは、Control Objectives for Information and related Technologyの略で、ITガバナンスの包括的なフレームワークです。
このフレームワークは、ITの運用におけるプロセスを定義し、利益を最大化するために用いられます。

COBITは、5つの項目で構成されています。

  1. 目標設定
    組織の目的や戦略から派生したITガバナンスの目標を設定します。
  2. プロセスの策定
    ITガバナンスを実現するため、必要なプロセスを定義し、組織の構造や責任、権限などを設定します。
  3. 実行
    プロセスを実行し、ITガバナンスの目標を達成するためのアクションを実施します。
  4. モニタリング
    実施したアクションが目標に適合しているかを監視し、必要に応じて改善策を導入します。
  5. 改善
    運用や管理の改善点を特定し、継続的に改善を行うための手順を策定します。

COBITは、組織が適切にITを活用し、効果的なITガバナンスを実現するための標準的な手法として幅広く利用されています。

2.ITIL

ITILとは、Information Technology Infrastructure Libraryの略で、ITサービスマネジメントに焦点を当てたフレームワークです。

COBITと同様、ITILも5つの項目で構成されています。

  • サービスストラテジー
    ITサービスのビジョンと目標を定義します。
  • サービスデザイン
    ビジネスニーズを満たすITサービスを設計します。
  • サービス移行
    サービスの変更とリリースを管理し、新しいサービスを稼働するよう準備します。
  • サービス運用
    サービスを提供し、障害復旧や問題解決などの活動を行います。
  • 持続的なサービス改善
    プロセス、サービス、およびその他の要素を定期的に評価して改善します。

ITILは、ITサービスマネジメントのために必要なプロセスと役割が定義され、一貫性のあるサービスを提供するための手法として利用されています。

ITガバナンスの実践

ITガバナンスを体系的に理解することができても、実際に運用に取り入れるにはハードルが高いと感じられるかもしれません。ITガバナンスを実践するためには、ITに関する企画・導入・運営にかかわるすべての活動、および関係者を適正に統制できる仕組みやルールを組織内に整備して取り組んでいくことが必要です。

ITガバナンスを実践するためには、以下の点を意識することが重要です。

1.フレームワークの理解

先に述べたITガバナンスのフレームワークを理解することが重要です。フレームワークがどのように機能するのか、どのような目的を持つのかを理解することで、より効果的かつ効率的に管理することができます。

2.役割と責任の明確化

ITガバナンスを実践するためには、組織内での役割と責任を明確にする必要があります。特に、経営者の役割が最も重要であり、誰よりも率先して役割に応じた行動や指示系統の確立をすることが求められます。

3.ITサービスの監視と評価

ITガバナンスを実践するためには、ITサービスの監視と評価が必要です。定期的にITサービスの運用状況を監視し、必要に応じて改善策を検討することが求められます。このようなプロセスを通じて、ITサービスの品質を維持し、ビジネス目標の達成に向けて貢献することができます。

4.コンプライアンスの確保

ITガバナンスを実践するためには、コンプライアンスの確保が必要です。関連する法律や規制に準拠することが求められるだけでなく、情報セキュリティやプライバシーなどの問題についても意識し、適切な対策を講じることが求められます。
これにより、組織が適切にリスクを管理し、ビジネスの持続可能性を確保することができます。

5.継続的な改善

ITガバナンスを実践するためには、継続的な改善が必要です。ITサービスの改善点を洗い出し、適切な改善策を実施することが求められます。また、フレームワークの改訂やアップデートをし、必要に応じて適切に対応するなど、PDCAを回し続けることが重要です。

PDCAとは、Plan(計画)、Do(実行)、Check(測定・評価)、Action(対策・改善)の仮説・検証型プロセスを循環させ、マネジメントの品質を高めようという概念を言います。

ITガバナンスの課題と解決策

ITガバナンスは組織の統制を図る上で重要ですが、課題もあります。どのような課題があるのか、そしてその課題を解決するにはどうすればいいのかを解説します。

組織文化の不一致

ITガバナンスの実行には、組織全体の協力や関与が不可欠ですが、組織文化が一致していない場合にはガバナンスの実践に支障が生じることがあります。
例えば、組織内の部門間の優先順位や目標設定が異なる場合には、ITガバナンスの目的を達成することが困難となる可能性があります。このような場合には、ガバナンス体制の整備が必要です。

具体的には、ITガバナンスに関するポリシーや手順書の策定、情報共有やコミュニケーションの促進を積極的におこなうといいでしょう。また、組織文化と親和性のあるフレームワークを選択することも重要です。

先に述べたように、ITガバナンスには複数のフレームワークが存在します。これらのフレームワークの中から、組織に応じた最適な選択をすることが必要です。

コストとリスクのバランス

ITガバナンスは、コストとリスクのバランスを取ることが求められます。ビジネスの目的や規制要件に基づいて、適切なレベルのセキュリティやコンプライアンスを維持する必要がありますが、その対応レベルに比例してコストがかかります。そのため、組織はコストとリスクのバランスを図りながら、ITサービスを提供するための最適な方法を模索しなければなりません。

この課題を解決するために、インシデント管理プロセスの策定や運用が必要です。セキュリティ評価の実施や対策の強化、バックアップや復旧体制の確立を目指すといいでしょう。これによって、セキュリティ侵害やシステム障害が発生した場合に、迅速かつ適切に対応することができます。

情報の共有

ITガバナンスにおいて、組織内での情報共有は重要です。情報共有が不十分な場合、問題の発見や解決が遅れる可能性があります。例えば、異なる部門で同じ問題が発生している場合、情報共有によって問題解決が早まることがあります。そのためには、組織内での業務可視化が重要になります。業務の進捗状況や問題点、改善点などを可視化することで、情報格差をなくすことができます。

ハードウェア・ソフトウェアの進化

ITガバナンスには、ハードウェアやソフトウェアの進化に対応することが必要です。新しい技術やシステムが登場するたびに、組織はそれに適応しなければなりません。しかし、古いシステムや技術を更新することは、コストや時間がかかることがあります。

こうした課題を解決するためには、教育やトレーニングの実施が重要です。IT全般に関する基礎的な知識やスキル研修を積極的に取り入れるといいでしょう。IT関連の資格取得支援や、実践的なトレーニングの場を提供することも、効果的な手段の一つです。

まとめ

DX(デジタルトランスフォーメーション)への取り組みなど、ビジネスで競争の優位性を確保するために、ITへの積極的な投資は今後も欠かすことはできません。その一方で、情報漏洩のリスクや個人情報保護の観点から、情報資産の取り扱いには細心の注意が必要になります。また、戦略的整合性、コンプライアンス対応、管理体制の効率化なども考慮しなければなりません。ITガバナンスを適切に運用することで、IT活用におけるリスクを最適に管理し、かつ最大限の効果を発揮することができます。

今回の記事を参考に、組織内でのITガバナンスの検討をおこなっていただければ幸いです。